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水原華城 その3 なぜ水原に華城か(世界遺産の理由)   (displayed 4204 times.)

水原は風水により調和のとれた明堂(ミョンダン)評価されていたところだった。朝鮮実学者の柳馨遠(ユ・ソンウォン)の志に共鳴した正祖は、当時閑村だったこの地の平地に着目した。
この地に都市を建設し城郭を造れば、首都ソウルを防衛し、経済的にも繁栄する、と書いた本を読んだそう。正祖自身の考えと一致したことから、築城を決定したらしい。
水原華城


朝鮮においても商業資本主義が著しく発展した時代だった。商業の発達は必然的に交通の発達を促した。ソウルと水原は地理的にも近く(約10里・40キロ)の距離にある。
 
正祖は商人を招き、農業に欠かすことのできない施設である貯水池(潅漑)を造らせて、国営農業を振興した。

1997年に世界文化遺産に登録された理由は色々あるようですが、最大の理由は独特な建築様式にあったそうです。中国や日本の様式とも違う朝鮮建築様式というべき独特な手法が施されているが、中国や日本の城郭築造の様式も部分的に取り入れられている。

華城の主な資材は石材であり、韓半島には豊富な花崗岩があるので、古くから熟練した職人が多く存在した。また、中国で発達していた煉瓦作りにも成功した。石材と煉瓦を混用して華城は造られた。
城壁上の楼閣、城門を初めとする暗門、砲楼等すべてひとつひとつ同じ形はないそうです。

2006-06-07(22:49:36) - 韓国の観光 - msm - TrackBack(No Trackbacks)

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