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混戦のG組(韓国・スイス・フランス・トーゴ)の予選突破国を決める最終戦が24日(土)4:00~(韓国・日本時間)行なわれました。
この試合に勝てば予選突破、4年前の感動をもう一度!「again 2002」を合い言葉に韓国本土では、かなりの盛り上がりでした。
まず、ソウルへの空の玄関口・仁川(インチョン)空港では、様々な窓口、インフォメーション、ショップの店員も真っ赤なTシャツやレッドデビル(赤い悪魔)のカチューシャをして応援ムードでした。
もちろん街中にも色々と応援グッズは溢れていて、人々も身に付けていました。この勢いで決勝トーナメントに行くぞー!!という迫力を感じました。
街中で販売されていた応援グッズ
レッドデビルカチューシャ 2000ウォン(約250円)
点灯レッドデビルカチューシャ(単三電池
1本) 3000ウォン(約375円)
中国よりの輸入品。W杯の盛りあがりにならって価格も少しあがったそうです。
レッドTシャツ 5000ウォン(約625円)
様々なタイプがあり、価格が
14800ウォン(約
1850円)するプラクティスシャツもありました。
翌日の25日には値下げされていました(→8000ウォン 約
1000円)。
手に巻いたり、「テ~ハンミングッ!」と腕を挙げて応援する時に使うスカーフ?ハングルは「ウリヌン テーハンミングッ イムニダ」と書いてあります(「わたしたちは大韓民国です」の意味)。
2006-06-29(22:52:02) - 韓国の風景 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
ここでは冷麺(ネンミョン)を食べました。
唐辛子入っていない冷麺で、水冷麺(ムルネンミョン)といいます。日本では中華風の冷麺を思い浮べますが、全く違います。
麺は小麦粉ではなくて、さつまいものでんぷんを使っていてこしがあり、とても細いです。
そして長いため、テ-ブルに運ばれてから店員がやってきて、必ずハサミで2・3箇所を切ってくれます。
北朝鮮の平壌(ピョンヤン)が有名です。
2006-06-21(22:45:40) - 韓国での食事 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
丹陽(タニャン)では、ここの名物料理である「ゴンドレ釜飯が夕食でした。
ここは韓国で唯一、海に囲まれていない忠清北道(チュンチョンブクド)にあるので、昔から必然的に山菜が料理に使われてきました。
韓国でも「ウェルビーイング」・健康指向の高まりで、ヘルシーな山菜料理の「ゴンドレ釜飯」が注目を集めて人気があるそうです。
釜飯といっても、
日本のような炊き込みご飯風ではなく、山菜がご飯の上に乗せられてビビンバのように混ぜて食べます。
味は濃くありません。「すごくおいしい」というものではなかったけど、郷土料理でヘルシーでしたから、よかったと思います。
もちろん、数々のおかずは付いてきました。
2006-06-13(20:00:00) - 韓国での食事 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
今日はこのツアーで移動距離が一番長いので、朝も早かったです。ホテルからすぐ近くにある地元の食堂です。食堂がたくさんありました。慶州といえば韓国でも修学旅行などで人気のある場所ですから、そんな学生たちも訪れるそうです。
カルビタンは牛肉のスライスが煮こんであって、あっさりとしています。その中にご飯を入れて、キムチやナムル(あえもの)で食べます。大変熱いので注意です。
2006-06-12(20:00:00) - 韓国での食事 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
韓国に到着して最初の夕食は、豚カルビでした。
たれに漬けてある豚を鍋で焼いて食べます。臭くなくておいしかったです。
写真は4人分です。もうひとつはパジョン(チヂミ)ですが、これは別料金を支払って注文しました(20000ウォン・約2500円)。ビールは5000ウォンで、
190gのウーロン茶缶は3000ウォンでした。
しかし後でお茶も出てきたので、ウーロン茶を注文した人からはため息が漏れていました。
地方なのにソウル並みに高かったです。ツアーの料金とは別料金となっています.
こういうことで儲けるそうです(現地旅行社・ガイドとレストランで、儲けを折半するらしいです?)。
このように食事の時に「現金払い」の別注文を勧めるのは、何もこの旅行に限ったことではないと思いますが、韓国旅行では初めて旅行社のツアーに参加したので、驚きでした。
日本人は言われたままに支払いますし、それ位はかまわないのでしょうね。
いつもチープな旅行ばかりしているので正直「高いなー」と思いました。
2006-06-11(20:00:00) - 韓国での食事 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
城郭の全長は54
18mで48の施設がある。
1794年から2年半にわたり築城した。華城は地形の高低と屈曲に従い築城されたので、内部に広い渓谷を取り巻く周囲の尾根に沿って城壁を築造している。
韓国では初めて現代の起重機に似た拳重器(コジュンギ)が使われた。材料を規格化したことや、代表的な防御武器として火砲をしたこと、遠距離・近距離に分けた銃や弓など、優れて科学的であったらしい。
東西南北の関門、敵の動静を監視する空心(コンシン)ドン、兵士を訓練するために作られた施設、通信施設ポンドン等も築かれた。
空心ドンは韓国の他にはない独特の施設であるそうだ。それは正方形の高楼の後の壁に柱を立て、八作屋根を乗せた防御施設である。構造も特殊で様子も美しいという。
暗門(敵に悟られないように出入りできる門)は3ヵ所あり、西暗門は道が上を通っているので、外からも中からも門があることさえわからないようになっている。
たいへんよく考えられていて、さらに美しい水原華城であることは、間違いないでしょう。
2006-06-09(22:25:17) - 韓国の観光 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
水原は風水により調和のとれた明堂(ミョンダン)評価されていたところだった。朝鮮実学者の柳馨遠(ユ・ソンウォン)の志に共鳴した正祖は、当時閑村だったこの地の平地に着目した。
この地に都市を建設し城郭を造れば、首都ソウルを防衛し、経済的にも繁栄する、と書いた本を読んだそう。正祖自身の考えと一致したことから、築城を決定したらしい。
朝鮮においても商業資本主義が著しく発展した時代だった。商業の発達は必然的に交通の発達を促した。ソウルと水原は地理的にも近く(約
10里・40キロ)の距離にある。
正祖は商人を招き、農業に欠かすことのできない施設である貯水池(潅漑)を造らせて、国営農業を振興した。
1997年に世界文化遺産に登録された理由は色々あるようですが、最大の理由は独特な建築様式にあったそうです。中国や日本の様式とも違う朝鮮建築様式というべき独特な手法が施されているが、中国や日本の城郭築造の様式も部分的に取り入れられている。
華城の主な資材は石材であり、韓半島には豊富な花崗岩があるので、古くから熟練した職人が多く存在した。また、中国で発達していた煉瓦作りにも成功した。石材と煉瓦を混用して華城は造られた。
城壁上の楼閣、城門を初めとする暗門、砲楼等すべてひとつひとつ同じ形はないそうです。
2006-06-07(22:49:36) - 韓国の観光 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
水原華城は「孝の都市」と呼ばれています。それは正祖(チョンジョ)の孝心こそが華城を生んだとする崇拝の心からきています。
正祖(
1752-
1800)は祖父英祖(ヨンジョ)が第2
1代国王の時に生まれた。父愃(ソン)が次の王になるはずだったが、「愃は王にはふさわしくない非行があった」という反対勢力の申し出を、英祖が真に受けてしまった。
激怒した英祖は愃に自決を求めるが、その命に従わなかったということで、森深くに愃を米櫃に入れたまま放置し、餓死させてしまった。
このことが正祖に影響を与え、たいへん苦しめたといわれている。
後にハングルを創製した第4代世宗(セジョン)大王とともに偉大なる王と称されるようになったのは、父の悲惨な死が大きな教訓となって、政争を払拭し民優先の政策を実行したことと、儒教の根幹といえる「孝」を華城として現したからといえるでしょう。
また、母恵慶宮(ヘギョングン)ができ物に苦しんだ時、(死に到ることもあった時代)医者に任せず、自らの口で膿を吸出し、看病したという逸話もあり、孝心の鑑として今も語り継がれているそうです。
しかし、正祖の最大の目標は父の名誉回復でありました。25歳で国王になったが、常に頭から離れなかったのは、どのようにして父の名誉を回復するかということ。名誉の回復とは父愃を国王として追尊することでした。墓所の移葬をすることから始めて、民のための改革の基礎として出発した。
父は、王子としてしかるべき葬儀の儀式をされず、墓地も風水による選定もされなかった。正祖は墓地を移葬するにあたり、父の墓所が不吉な場所にあり、それゆえこどもが授からないということを理由に移葬を進めたといわれている。後に水原華城に移葬を終了した直後、王妃が受胎したということで、正祖の孝心に天も感動したのだろうと人々の間で話題になったそうです。
2006-06-06(22:36:16) - 韓国の観光 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
釜石(プサン)へは、韓国の航空会社のアシアナ航空で行きました。アシアナ航空は初めての利用でしたので、ワクワクしていました。
韓国までのフライト時間が短いので、水平飛行になったらすぐ機内食が運ばれます。
もちろん(?)エコノミーですが、思っていたよりずっと豪華でした。日本からの便だから、いなり寿司2こ・細巻2こ、ブドウ・メロンなどのミックスフルーツ、オレンジジュースと大きめのクロワッサンにハム、チーズのサンドイッチがありました。
ボリュームもあり、満足でした。いつもは大韓航空を利用しているのですが、機内食はアシアナ航空に軍配が挙がります!
当然、アルコールは韓国ビールもあるので、待ちきれない人は韓国ビールで一足早く「入国」してください。日本のビールと似ていて飲みやすいようです。機内では「OB」、「HITE]、「ORIME」、「CASS」などの韓国の有名なビールが用意してあります。
機内に入った途端、やはりそこは海外・韓国、贅沢な気分になりますね。
2006-05-22(22:10:22) - 韓国での食事 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
丹陽からまたバスで移動し、忠州湖に到着しました。
ここから遊覧船でクルーズです。
といっても大きな船ではなく、エンジン音の大きいうるさい船でした。
しかし、湖を滑るように進んで行くのは素敵でした。ここは「韓国の桂林」といわれるくらい風光明媚な所です。
天気もよく快適でしたが、夕暮に訪れるのもよかったでしょうね。クルーズは25分くらいでした。春から秋までは大勢の人で賑わうのだろうなと思われました。
「丹陽(タニャン)2」の次に入るべきブログでした.前後してます。
2006-05-21(21:55:52) - 韓国の観光 - msm - No comments - TrackBack(No Trackbacks)
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